物価も賃金も上がらないというノルム(社会通念)から脱出する

物価も賃金も上がらないというノルム(社会通念)から脱出する

私たちは長いあいだ、「物価は上がらない」「給料も上がらない」というノルム(社会通念)の中で生きてきました。今、その前提が変わっている中で、思い込みを変え環境の変化に対応することが大切です。

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目次

物価も賃金も上がらないノルム

私たちは長いあいだ、「物価は上がらない」「給料も上がらない」というノルム(社会通念)の中で生きてきました。

その前提があったからこそ、節約や現状維持が当たり前の正しいことであり、変化しないことが安全だと信じられてきました。

でも、ここ数年でそのノルムは静かに崩れ始めています。

物価は上がり続け、ゼロに近かった金利は動き、世界は不安定になり、
株価は歴史的な水準に達しています。

それでも、賃金は横ばいのままのように感じられる。このズレに気づくと、これまでの前提で選んできた行動が、今の環境では必ずしも正解ではなくなっていることが見えてきます。

環境の変化によって、今まで当たり前だと思っていたことが変化しています。

今回は、20年以上続いていた当たり前の変化に気づき、新しい一歩を踏み出すきっかけになる様に、記事を書きました。

経済学の視点からでなく、個人の心理的側面からの内容としてご了解お願いします。

賃金も物価も上がらないノルムとは何か

長い間、日本経済の停滞を象徴する言葉として語られてきたのが、「ノルム(社会通念)」という概念です。まずは、この言葉が何を意味し、どのように私たちの生活に影響してきたのかを整理します。

ノルムとは何か

経済学者アーサー・オーカンが提唱した概念で、単なる「予想」を超えた、社会的な習慣や規範意識のこと。社会全体が共有する当たり前のような感覚を指します。

例えば、
「物価は上がらない」
「賃金も上がらない」
「値上げは悪いこと」
「企業は価格据え置きを守るべき」
「消費より倹約」
といったようなものです。

これは長い間の環境や経験から形成されるため、
人々が無意識に前提としてしまう行動規範になります。

そして、その前提が実際の経済行動を縛り、結果として現実をつくってしまうことです。

つまりノルムとは、
「みんながそう思っているから、そうなる」
というようにメカニズムが働きます。

元日銀・黒田総裁が指摘した「物価も賃金も上がらない」ノルム

このノルムという概念を最も明確に指摘したのが、元日銀総裁の黒田東彦氏です。
日銀の退任時の会見で、黒田氏はこう述べました。

「長きにわたるデフレの経験から、賃金や物価が上がらないことを前提としたノルムが根強く残っていた」

これは非常に重要な指摘です。

日銀は10年以上にわたり、異次元緩和、マイナス金利、国債大量購入
といった大胆な政策を続けてきました。

でも、目標として掲げた 2%の物価安定目標はなかなか達成できなかった。

その最大の理由が、
「日本社会全体が、物価も賃金も上がらないノルム(社会通念)を前提に行動していたから」
という指摘です。

企業も、労働者も、消費者も、「値上げは悪」「賃上げは無理」という
思い込みを共有していたため、日銀がどれだけ金融政策を打っても、
経済全体が動かなかった。

つまり、日本のデフレは経済の問題であると同時に、社会心理の問題でもあったということです。

なぜ「賃金も物価も上がらない」ノルムが生まれたのか

日本で「賃金も物価も上がらない」というノルムが定着したのは、偶然ではありません。
そこには 30年以上にわたる時代の環境と、それに伴う構造的な要因が積み重なった結果があります。

バブル崩壊後の長期デフレが“ゼロインフレの感覚”を固定した

1990年代はじめのバブル崩壊後、日本では物価がほとんど上がらない、
むしろ下がる時期が長く続きました。

バブル崩壊により、日本経済は大きなダメージを追い、企業は過剰債務を抱え、銀行は不良債権処理に追われ、経済全体が縮み続ける「失われた10年」に突入します。

その後もデフレは長期化し、1998年〜2020年の20年以上物価はほぼ上がらない状態が続きました。

この状態に慣れた結果として、多くの人に「物価は上がらないのが当たり前」「給料もそう簡単には上がらない」というゼロインフレの感覚が固定されたとよく言われます。

コストカット型経営が企業文化として定着

バブル崩壊後、企業は生き残りのために徹底したコスト削減を行いました。開発投資や設備投資をせず、コスト削減し、商品価格を抑えることで消費を活性化しようとするなど、コストカット型の経営に踏み切りました。

・設備投資の抑制や外注費の圧縮で取引先や下請け企業がダメージを追う
・人件費の削減で賃金カットやリストラや非正規雇用が拡大
・教育などの人的投資は削減
・販売価格への転嫁の拒否
など・・・

この“守りの経営”が長期化したことで、企業は値上げも賃上げもできない体質になっていきます。

しかも、「人件費=コスト」という意識が強まるとともに、賃上げは企業努力が足りないとすら見なされるようになりました。

労使が“賃上げを要求しない”という暗黙の合意を形成

1998年以降、企業と労働組合はこうした状況に対応するため、
「正社員を守る代わりに賃上げは要求しない」という暗黙の合意を形成しました。

バブルが崩壊し、経営状態が逼迫する中で、リストラを避けるためのやむを得ない合意だったかもしれません。

でも、その結果として名目賃金は毎年約0.9%下落し続け、ボーナスも削られる
「コストカット型経営」が定着していきます。

正社員の中では、給料もボーナスも減っても、リストラされないだけ助かったという感覚だったかもしれません。

でも、正社員は守られる代わりに、非正規社員が増加し、雇用の調整弁とも揶揄されるようになります。非正規社員は増加し続け、会社内でのコミュニケーションも希薄化したとも言われています。

企業の価格据え置き文化が25年以上続いた

バブル崩壊後、日本企業は25年以上にわたり、値上げを避け続けました。

「顧客は値上げを許さない」
「値上げしたら競争に負ける」
「価格据え置きこそ企業努力」
など・・・

こうした価値観が企業文化として定着してしまい、
価格転嫁をしないことが美徳になってしまった。

皆さんもご記憶にあるかもしれませんが、
マクドナルドハンバーガーが80円、牛丼が300円を切った時期もありました。

その結果、企業は利益を削ってでも価格を据え置き、賃金に回す余力を失い、
消費者としては、商品の価格は変わらないという感覚になっていきました。

個人消費が伸びずデフレ構造が強化された

企業が商品の値上げを避ける一方で、給料もボーナスも上がらない個人もまたデフレマインドを強めていきます。

「消費より倹約」
「安いことが正義」
「値上げは悪」
「値上げしたら買わない」
「将来のために貯蓄」
など・・

個人消費は冷え込み、消費に対する意識を抑制することで、企業はますます値上げできなくなるという、企業と個人が互いにデフレを強化し合う負の循環(スパイラル)が起きてしまいました。

個人のマインドセット:デフレマインドと守りの姿勢

日本で「賃金も物価も上がらない」というノルムが強固になった背景には、環境や構造だけでなく、社会を構成する人々の心理が深く関わっています。長く続いたデフレは、単に物価を下げただけではなく、私たち自身の「当たり前」価値観や行動様式そのものを変えてしまったとも言えます。

デフレマインド:値上げは悪、節約は正義という心理

日本では長くデフレが続いたことで、「値上げはよくないことだ」という感覚が社会全体に深く根づいてきました。

それによって、企業はできるだけ価格を据え置き、消費者は安さを求める。それが当たり前になり、値上げに踏み切る企業は悪者のように受け取られることさえありました。節約は美徳とされ、家計の基本姿勢は「いかにお金を使わないか」に向かっていきました。

こうした感覚は、デフレ期には確かに合理的だし仕方なかったのだと思います。ただ、その合理性が長く続くと、行動が習慣になり、やがて正しいこととして固定化されていきます。

経済全体の動きはどうしても鈍くなります。消費が伸びなければ企業は値上げできず、値上げできなければ賃金も上がりません。結果として、「値上げは悪、節約は正義」という心理が、静かに、しかし確実に日本経済の停滞を強めていったのだと思います。

「失敗したくない」心理が守りの姿勢を強化

長く続いた停滞の中で、多くの人に「失敗したくない」という気持ちが強く根づいていきました。

挑戦よりも安定を選ぶことが自然で、挑戦して失敗したら後戻りできないというリスクを避けることが正しい判断のように感じられていたのだと思います。

この感覚も、デフレ期にはとても当たり前です。変化が少ない環境では、動かないことが最も安全だったからです。

ただ、その心理が個人のマインドセットとして固定化されると、行動の幅がどんどん狭くなっていきます。新しいことに踏み出すより、今のままでいたほうが安心に思えてしまう。こうして「失敗したくない」という気持ちが、知らないうちに守りの姿勢を強めていきました。

「どうせ賃金は上がらない」という諦めの感覚

賃金が長く横ばいだったことで、「どうせ給料は上がらない」という感覚も、私たちの中に当たり前のように根づいていきました。

格差は拡大固定化し、努力しても報われにくい、会社に期待しても変わらない。そんな経験が積み重なると、未来に対する期待そのものが薄れていきます。

この「未来への期待の諦め」は、親ガチャの生みの親の土井隆義さんは宿命に生きる現代人と言っていています。

表面的には、語られることは少なくても、心の奥では多くの人が共有していた感覚だと思います。

そしてこの感覚が強くなるほど、行動は守りに寄り、収入の伸びしろを自分で閉じてしまうことにもつながっていきました。

「守りの家計」で社会全体がさらに硬直化

節約や倹約が当たり前になった家計は、どうしても守りに偏りがちになります。

「できるだけ使わない」「買わなくてもなんとかなる」「消費より貯蓄」という判断が習慣になり、消費よりも節約が優先されるようになりました。

もちろん、節約は大切です。ただ、それが家計の基本姿勢として固定化されると、経済全体の動きも鈍くなります。

消費が伸びなければ企業は値上げできず、値上げできなければ賃金も上がらない。

この悪循環で、個人の「守りの家計」が積み重なり、日本の社会全体の硬直化につながっていった側面もあるのだと思います。

物価も上がらないからという楽観

「物価は上がらないもの」という感覚も、長いデフレの中で私たちの当たり前になっていました。
だからこそ、将来の生活コストを深く考える必要もなく、今の収入のままでもなんとかなるという、ある種の楽観が生まれていたのだと思います。

特に、こちらの記事にも書いたように、失われた20年を経て、2010年前後の平成後期の大きな変化のない毎日、生活者に「この先は良くも悪くもならない」という認識が広がっていることがわかりました。これを博報堂は「常温」社会と名付けました。

「何も変わらない毎日」が続く常温生活から一歩を踏み出す | 新しい生き方働き方暮し方ブログ

https://atarashiihatarakikata.com/articles/38

失われた30年の長い変化のない常温生活。その「何も変わらない毎日」に慣れ過ぎた常温生活に気づき、新しい生き方働き方暮らし方の一歩を踏み出すヒントをお伝えします。

しかし、物価が上がり始めた今、その前提は大きく揺らいでいます。

これまでの“変わらない”という感覚が、何も大きな環境が変わらない前提で起こった当たり前だということに気づくことが重要だと思います。

2022年以降物価はどんどん上がり始めた

日本では長い間、「物価は上がらない」という前提が社会全体に共有されてきました。しかし、その前提はここ数年で大きく揺らぎ始めています。きっかけは、誰も予想していなかった外部ショックです。

きっかけはコロナとウクライナ

日本の物価が本格的に動き始めた背景には、コロナという全世界的なパンデミックと、ウクライナ戦争という地政学的な衝撃の二つの出来事がありました。

コロナ収束後、世界では需要が一気に戻り、物流の混乱も重なって、エネルギーや資源の価格が急速に上がりました。グローバル化が進んだ世界では、どこか一つの国で起きた変化が、すぐに他の国の物価や供給に影響します。日本も例外ではなく、2022年頃から物価上昇が基調となり、2023年の消費者物価上昇率は 3.2% と、バブル期直後の1991年(3.3%)以来の高さになりました。

そこに追い打ちをかけたのが、2022年のウクライナ戦争です。エネルギーや食料の供給が不安定になり、原油や天然ガス、小麦などの価格が世界的に急騰しました。日本はエネルギーも食料も輸入に大きく依存しているため、この影響を避けることはできませんでした。輸入物価は短期間で跳ね上がり、そのまま電気代やガス代、食品価格といった日常生活に直結する分野に反映されていきました。

長いあいだ、「日本では物価は上がらない」という前提が当たり前のように共有されてきました。でも、コロナ後の世界的なインフレとウクライナ戦争による資源高は、その前提を大きく揺さぶる出来事になりました。

これまで企業は値上げを避け続けてきましたが、原材料やエネルギーコストの急騰は、もはや価格据え置きでは吸収できない水準に達しています。

その結果、多くの企業が値上げに踏み切り、私たち消費者も日々の買い物を通じて「物価は本当に上がっている」と実感するようになりました。

つまり、コロナという世界的パンデミックと、ウクライナ戦争という地政学的ショックは、日本の物価を押し上げただけでなく、長く続いてきた「物価は上がらない」という思い込みを外側から崩した出来事だったと言えます。

最近では、イラン戦争でのホルムズ海峡封鎖で、原油価格が高騰しています。グローバル化が加速した世界では、外の変化がそのまま日本の生活に影響する時代に入ったのだと思います。

20年近く低値安定していた物価が2022年から上昇

日本の物価は、バブル崩壊以降ずっと低いまま安定していて、「物価は上がらないものだ」という感覚が私たちの中に当たり前のように根づいていました。

スーパーの値札もほとんど変わらず、電気代やガス代も大きく動かない。そんな環境が長く続いたことで、物価が上がるという未来を想像すること自体が難しくなっていたのだと思います。

でも、2020年を境に状況は少しずつ変わり始めました。コロナによる供給網の混乱や世界的な需要の回復が重なり、じわじわと物価が上昇に転じていきました。当初は一時的なものと見られていましたが、2022年以降はウクライナ戦争の影響も加わり、上昇の動きがよりはっきりと表れるようになりました。

こちらの消費者物価指数をみると歴然です。
2020年:−0.0%
2021年:ー0.28%
2022年:2.5%
2023年:3.2%
2024年:2.7%
2025年:3.2%

長く続いた「物価は上がらない」という前提が、大きく崩れ始めた瞬間だったと思います。

食品・エネルギーを中心に物価は上がり続けている

物価の上昇は一時的なものではなく、特に食品やエネルギーなどの分野を中心に継続的に続いています。

原材料費や輸入コストが上がったことで、スーパーに並ぶ食品の値札は少しずつ、しかし確実に上がり続けています。電気代やガス代も同じで、毎月の請求書を見るたびに「前より高くなっている」と感じる人が増えてきました。

こうした値上がりは、私たちの生活に直結する分野で起きているため、変化を実感しやすいものです。これまで「物価は上がらない」という前提のもとで暮らしてきた私たちにとって、日常の小さな値上げが積み重なることは、これまでの当たり前が静かに書き換わっていく感覚に近いのだと思います。

企業側も、原材料やエネルギーコストの上昇を吸収しきれず、値上げを避けられない状況が続いています。その結果、食品や生活必需品の価格は上昇が定着し、私たちの家計にもじわじわと影響が広がっています。

つまり、食品やエネルギーを中心とした物価の上昇は、単なる一時的なものではなく、環境が変わったことを示すサインであると考えられます。
長く続いてきた「物価は変わらない」というノルムが、現実の生活の中で少しずつ崩れていく過程だと言えるのだと思います。

金利と株価も大きく動き始めている

物価の上昇とともに、金利や株価といった金融の動きも、これまでとは違う様子を見せるようになっています。

日本では長いあいだ金利がほとんど動かず、「金利は上がらないもの」という感覚が当たり前になっていました。でも、物価が上がり始めたことで金融政策の前提も変わり、金利は少しずつ引き上げられる方向に動いています。

これまで静かだった金利が動き始めたことは、経済の環境が変わったことを示す大きなサインだと思います。

株価も同じように、これまでの延長線では説明しにくい動きを見せています。企業の収益改善や円安の影響もあり、日経平均株価は歴史的な高値を更新し続けています。長く停滞していた日本株がここまで上昇するのは、これまでの「日本は低成長で株価は上がりにくい」という前提が揺らぎ始めている証拠でもあります。

金利が動き、株価が動くというのは、単なる市場の変化ではありません。

私たちが無意識に信じてきた「金利は動かない」「株価は大きく上がらない」というノルムが、現実の経済環境によって書き換えられつつあるということです。

つまり、金利と株価の変化は、物価上昇と同じく、長く続いてきた当たり前が静かに崩れ始めていることを示すもう一つの現象だと言えるのだと思います。

ノルムが揺らいでいる今、守りから変化への適応力を持つ

日本では長いあいだ、「賃金も物価も上がらない」ノルムが前提となり、社会全体を覆ってきました。

この感覚は、社会全体の空気の中で、私たち一人ひとりの当たり前としても、深く染みついていたものだと思います。

でも今、物価は上がり、金利は動き、株価は歴史的な水準に達しています。
かつてのノルムは、現実と少しずつズレ始めています。

これから必要なのは、過去の前提にしがみつくことではなく、変化に合わせて行動を変えていく力です。

賃金は伸び悩み、横並びのまま

物価が上がり続けている一方で、賃金は長いあいだ横並びのままです。

名目賃金が少し上がったように見える年もありますが、物価の上昇には追いついていません。そのため、実質賃金はむしろ下がり続けています。

日本では、賃金が大きく伸びない状態が20年以上続き、年齢とともに給与が自然に増えていく時代はすでに終わり、企業が利益を出しても、それが個人の給与に反映されにくい構造が定着しています。

物価が上がらない状態では、賃金が横ばいでも生活に支障は感じずらい側面がありました。
でも、物価が上がる現在では、横ばいの賃金は実質的な目減りを意味します。

生活コストが上がるのに収入が増えない状況は、家計にじわじわと負担を与え続けています。

つまり、物価は上がっているのに賃金は横並びのままという現実が、私たちの生活を圧迫しているのです。この状況が続く限り、個人が変化への適応力を高める必要性はますます大きくなっていくのだと思います。

労働分配率の低さと、企業の内部留保の増大

賃金が伸び悩む背景には、企業の利益配分の構造があります。

日本の労働分配率は長期的に低下しており、企業が利益を出しても、それが労働者の賃金に十分に回っていません。

特に大企業では内部留保が積み上がり続け、2020年代には過去最高を更新しています。
利益は出ているのに賃金には反映されないという構造が固定化されているのです。

一方で、中小企業はまったく別の課題を抱えています。
原材料費やエネルギーコストの上昇を販売価格に転嫁できず、利益率が低いまま。
賃金を上げたくても上げられない企業が多いのが現実です。

大企業は利益をため込み、中小企業は価格転嫁できずに苦しむ。
この二重構造が、日本全体の賃金の伸びを抑え込んでいます。

つまり、「会社がなんとかしてくれる」という期待を持ち続け、何も打ち手を取らないことは大きな危険をはらんでいます。

個人としては、物価が上がり続ける中で、自分の行動をアップデートしなければ、物価上昇の波に飲み込まれてしまいます。

ノルムに縛られ、守りの姿勢だけでは危険な時代

これまでの日本では、「節約すればなんとかなる」「変化しなければ安全」という価値観が広く共有されてきました。
デフレが長く続いた時代には、それは確かに合理的な選択だったと思います。動かないことが最も安全で、守りの姿勢が生活を安定させてくれていました。

しかし今は、物価が上がり、金利が動き、世界が不安定化しています。
これまでのように守りだけで生活を守りきれる時代ではなくなっています。

物価が上がる一方で賃金が伸びないという現実は、節約だけでは対応しきれません。
企業が賃金を上げにくい構造が続く以上、個人が家計の管理やお金の使い方、自分の収入のつくり方や資産形成の方法を見直す必要があります。

そして何より、物価高という環境そのものが変わった以上、私たち自身のマインドセットも変える必要があります。

「変わらないことが安全」というノルムは、むしろ危険を生む時代に入りました。
これまでの前提にしがみつくほど、変化の波に取り残されやすくなってしまいます。

これから求められるのは、過去の前提に縛られず、環境の変化に合わせて行動を変える力。

特に、VUCAと言われる変化が激しい時代、お金の不安をなくすことが、新しい生き方働き方暮らし方のベースになると思います。金銭的なゆとりが時間的精神的なゆとりを生む。

雇用環境も大きく変化し、働き方も変化し続ける中で、収入のつくり方、働き方、資産の持ち方、学び方をアップデートし、変化に合わせて柔軟に動ける個人こそが、これからの時代を生き抜く力を持つのだと思います。

ノルムに縛られ、収入やお金の管理、投資などのマネーリテラシーなど習慣がない人は、体系的に学ぶ場を選択する方法もあると思います。
ファイナンシャルアカデミー「お金の教養講座」

まとめ

日本では長く「物価も賃金も上がらない」という前提が当たり前になっていました。しかし、コロナ後の世界的インフレやウクライナ戦争の影響で物価は大きく動き、金利や株価もこれまでとは違う動きを見せています。一方で賃金は横並びのままで、実質賃金は下がり続けています。

こうした環境の変化は、これまでの守りの姿勢だけでは生活を守りきれないことを示しています。節約だけに頼るのではなく、収入のつくり方や資産の持ち方を見直し、お金の不安をなくし、変化に合わせて行動を変えることが求められています。

物価高という新しい環境に適応し、自分のマインドセットをアップデートしていくこと。
それが、これからの時代を生き抜くための変化への適応力なのだと思います。

この記事のライター

「okinawa未来カレッジ」は、誰もが自分らしい明日へ一歩を踏み出せる、 未来に向かって前進し、新しいライフサイクルを創り出すコミュニティーを目指します。

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