仕事も、家庭も、人間関係も、それなりに真面目にやってきた。
頼まれたことには応え、周囲へ迷惑をかけないようにしてきた。会社で求められる役割も、
できる限り果たしてきた。それなのに、あるとき立ち止まると、自分が何をしたいのか分からない。
「このままでいいのだろうか」と思う一方で、ほかの生き方を選ぶ勇気もない。
転職や副業を考えても、自分の強みや専門性が思い浮かばない。
こうした状態を、意志が弱い、主体性がない、自分軸がないという個人の問題だけで
説明することはできません。
あなたに「自分」がなかったのではありません。その時代を生き延びるために、
周囲の期待へ応える力を長い間使い続けてきたのかもしれないのです。
「何をしたいか分からない」のは、あなただけの問題ではない
私たちは、自分一人の意思だけで人生を選んでいるわけではありません。
生まれた時代、景気、家族の期待、学校教育、雇用制度、地域社会の価値観。
そのなかで何が安全で、何が評価され、何を避けるべきかを学びながら生きています。
周囲が求める役割や評価基準を手がかりに、自分の行動を決めることを、
ここでは「外的準拠」と呼びます。
外的準拠そのものは悪いことではありません。
相手の気持ちを読み、期待に応え、集団のなかで役割を果たす。日本の職場や地域社会を
支えてきたのは、こうした高い適応力を持つ人たちでした。
問題は、外部の基準だけを使い続けるうちに、
・自分は何を感じているのか
・何に違和感を持っているのか
・本当は何を大切にしたいのか
・誰の、どんな役に立ちたいのか
という内側の声が聞こえにくくなることです。
高度経済成長期には、外部へ適応することに合理性があった
高度経済成長期の日本では、社会全体が豊かになるという大きな方向性を共有できました。
よい学校へ進み、安定した会社へ入り、組織のなかで勤勉に働く。
結婚し、家を持ち、子どもを育て、定年まで勤める。
もちろん、すべての人がこの人生を歩めたわけではありません。
それでも、この標準的な人生モデルは「望ましい生き方」として、
学校、家庭、企業、社会制度のなかに広がりました。
会社が成長し、賃金が上がり、働き続けることで生活もよくなる時代には、
用意された経路へ適応することが合理的でした。
自分だけの道を一から考えるより、社会が示した階段を一段ずつ上る。
そのほうが、本人にも家族にも安心をもたらす可能性が高かったからです。
言い換えれば、外的準拠は欠点ではなく、その時代に適した生存戦略でした。
経済環境は大きく変わったのに、人生の成功基準は残り続けた
ところが、バブル崩壊後、日本経済は長い停滞期へ入ります。
企業は採用を抑え、正社員への入口は狭くなりました。
賃金が上がりにくくなり、非正規雇用が広がり、会社に入れば将来まで
安心できるという前提も揺らいでいきます。
内閣府は、就職氷河期世代の大学新卒就職率が、平年より10ポイント以上
低下したことを示しています。
学校を卒業する時期の景気という、本人には選べない条件が、
その後の職業生活へ長く影響しました。
でも、経済や雇用の現実が変わっても、
「正社員になり、会社のなかに安定したポジションを得ることが成功」
という基準は簡単には変わりませんでした。
制度や文化は、過去の成功体験によって形づくられます。
一度できた仕組みや判断基準が、環境が変わったあとも選択を方向づけることを
「経路依存」といいます。
この経路依存は、社会制度だけに起きるものではありません。
何を目指せば安心か。何を失うと人生に失敗したことになるのか。
自分の価値を何によって測るのか。
私たちの心のなかにも、過去の時代にできた経路が残ります。
就職氷河期世代は、狭くなるポジションをがむしゃらに追い求めた
就職氷河期世代が社会へ出たとき、上の世代から受け継いだ人生モデルは残っていました。
ただ、そのモデルへ入るための正社員という入口は、急激に狭くなっていました。
正社員になれた人は、ようやく得たポジションを失わないよう、会社の期待へ懸命に応えました。
長時間働く。異動や転勤を受け入れる。上司の意向を読む。評価される仕事を優先する。
違和感があっても、その場所から外れないために自分の気持ちを後回しにする。
一方、正社員になれず、非正規雇用から職業生活を始めた人もいました。
その人たちは、同じ仕事をしても雇用や待遇が安定しにくく、経験を積んでも正当に
評価されないことがあります。
それでも「正社員になれなかったのは自分の努力が足りなかったからだ」と、社会の問題を自分の責任として引き受けてきた人も少なくないでしょう。
両者の経験は同じではありません。雇用の安定、所得、社会保障、信用などには現実的な
格差があります。それを一つにまとめてはいけません。
ただし、人生を測る基準には共通点があります。
正社員になれた人は、得たポジションを失うことに縛られる。
正社員になれなかった人は、得られなかったポジションに縛られる。
どちらも「会社のなかに安定した場所を得られたか」という、
過去につくられた基準で自分を評価してしまうのです。
「他人軸症候群」は、個人の性格だけでは説明できない
元電通社員の野澤友宏氏は、電通の最前線で働いてきた自身の経験を振り返るnote記事のなかで、
「他人軸症候群」という表現を提示しました。
電通の最前線を走っていたはずが、気がつけば「働かないおじさん」予備軍になっていた。〜あの頃の自分に、もう黙ってられないから言う〜|野澤 友宏
https://note.com/nozzzawa/n/n4e6ccd90769b【はじめに】この文章は、たぶん、あなたに書いています 少し、長く個人的な話をさせてください。 このnoteは、私と同じ時代を生き、今年53歳を迎える「昭和48年(1973年)生まれ」の209万人の同級生、そして、いわゆる団塊ジュニアと呼ばれる約1200万人の同世代に向けて書いています。いや、もっと正確に言うと、深夜2時に眠れなくてスマホを見てるほぼ同い年のあなたに書いています。 ベビーブームの頂点に生まれた私たちは、物心ついた時から、とにかく「数」と戦わされてきました。教室は詰め込み、模試は偏差値の海、受験戦争は熾烈を極め、いざ社会に出ようとすれば「大就職氷河期」のど真ん中。 何
他人の評価軸に合わせる筋肉ばかりを鍛えた結果、自分の内側で反応する感覚が鈍ってしまう状態。他人から見たら優秀で、むしろできる人に見える。でも、自分の内側では、じわじわ何かが鈍っている。厄介なのは、外から見てもわからないし、自分でも長いこと気づけないことです。気づいた時には、けっこう進行している。
これは医学的・心理学的な診断名ではありません。でも、周囲からの期待に応え、
評価を得ることを優先するうちに、自分が何を望んでいるのか分からなくなる状態を
捉えた、印象的な言葉です。
他人軸症候群を「人の目を気にする性格」とだけ捉えると、また本人の責任にしてしまいます。
その背後には、会社への適応が生活の安定につながった時代と、
その成功モデルが報われにくくなっても残り続けた失われた30年があります。
ここでいう他人軸とは、他人を思いやることではありません。
他人や組織がつくった評価基準を、自分自身の人生の判断基準として無意識に内面化した状態です。
社会が変わっても、心のなかの成功基準が変わらなければ、
私たちは同じ道を選び続けます。これが「人生の経路依存」です。
ジョブズの「他人の人生を生きるな」を、精神論で終わらせない
こちらの記事でも紹介しましたが、スティーブ・ジョブズは、2005年のスタンフォード大学卒業式で、人生の時間は限られているため、他人の人生を生きて浪費してはいけないと語りました。そして、他人の考えの結果に従って生きる「ドグマ」にとらわれないよう呼びかけました。
「他人の人生を生きるな」スティーブ・ジョブズが残した人生の歩き方 | 新しい生き方働き方暮し方ブログ
https://atarashiihatarakikata.com/articles/18大きな時代の転換点にある今、自分は何を求めているのか、自分はどんな人生を歩いていきたいのか、人生の歩き方に悩んでいる人も多いと思います。 人生の歩き方に悩んでいる人に、「他人の人生を生きるな」で有名なスティーブ・ジョブズが米スタンフォード大学の卒業式での伝説のスピーチから、そのスピーチを聞いた学生たちのその後の人生の歩き方を見ながら、人生の歩き方のヒントとなるメッセージをピックアップします。
あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはどういうわけかあなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。
この言葉は力強い一方で、「自分らしく生きられないのは勇気がないからだ」と受け取れば、
新たな自己責任論にもなりかねません。
他人の人生を生きるようになった背景には、その時代なりの事情があります。
私たちは、最初から自分を捨てようとしたわけではありません。家族を守り、生活を維持し、
周囲との関係を壊さず、その時代を生き延びようとした結果、外部への適応を優先してきたのです。
だから、ドグマから自由になるとは、会社や他人の期待をすべて拒絶することではありません。
過去から受け継いだ人生の前提をいったん問い直し、今の環境と自分の感覚を踏まえて、
自分で選び直すことです。
必要なのは「他人軸から自分軸へ」という単純な反転ではない
「他人軸をやめて、自分軸で生きよう」と言われることがあります。
しかし、他人を気にせず、自分の好きなことだけを優先することが自分軸ではありません。
私たちは、他者や社会との関係のなかで生きています。
周囲の期待を理解する力も、相手の困りごとを感じ取る力も、組織で培った調整力も失う
必要はありません。それらは、誰かへ価値を届けるための大切な資源です。
取り戻したいのは、外的準拠を捨てることではなく、外的準拠と内的準拠を
自分で使い分け統合する力です。
外的準拠とは、相手の期待、社会のルール、市場の需要、組織の目的を理解すること。
内的準拠とは、自分の感情、価値観、違和感、関心、意思を確かめること。
両方を照らし合わせながら、自分で選択する。
これが、他人の人生から自分の人生へ戻るということではないでしょうか。
人生の経路を変えるのは、大きな決断ではなく小さな自己決定
長年かけて身につけた判断基準は、「今日から自分軸で生きる」
と決意しただけでは変わりません。
いきなり会社を辞めたり、夢を見つけたりする必要もありません。
まずは、自分の感覚を人生の判断材料へ少しずつ戻していきます。
今日一日の終わりに、次の三つだけを書いてみてください。
・今日、少し心が動いたことは何だったか
・本当は嫌だったのに、期待へ応えるために引き受けたことはなかったか
・明日、自分の意思で選べる小さなことは何か
「面白そう」「少し気になる」「なぜか放っておけない」「本当はこうしたかった」。
それは、まだ明確な夢や目標ではありません。でも、長い外部適応のなかで聞こえにくくなった、
自分の内側からの小さな応答です。
その声を記録し、一つだけ選び、小さく行動してみる。結果を振り返り、また選び直す。
人生の新しい経路は、その反復からつくられていきます。
おわりに あなたに「自分」がなかったのではない
高度経済成長期には、社会が示す経路へ適応することで、生活がよくなる可能性がありました。
失われた30年には、その経路の入口が狭くなり、歩き続けても報われにくくなりました。
それでも、成功の基準は私たちの心のなかに残りました。
正社員になれた人も、なれなかった人も、それぞれ異なる痛みを抱えながら、
同じ古い基準に人生を測られてきたのかもしれません。
あなたに自分の意思がなかったのではありません。
その時代を生き延びるために、周囲の期待へ応える力を使い続けてきたのです。
過去への適応によって身につけた力は、捨てるものではありません。
相手を理解する力、責任を果たす力、場を支える力として残しながら、
自分の感覚と意思をもう一度、判断基準へ加えていく。
他人がつくった人生の正解を無意識に歩くのではなく、今の環境を見つめ、
自分で選び、試し、修正する。
その小さな自己決定から、自分の人生は再び動き始めます。

「okinawa未来カレッジ」は、誰もが自分らしい明日へ一歩を踏み出せる、 未来に向かって前進し、新しいライフサイクルを創り出すコミュニティーを目指します。