ある婚約発表が、大きな話題になりました。
同じ発表を見て、心から祝福する人がいます。
一方で、発表の仕方や周囲への配慮に疑問を感じる人もいます。
本人たちの幸せを願いながらも、別の立場にいる人の気持ちが気になる人もいます。
見ている出来事は同じです。それなのに、そこから受け取る意味は大きく異なります。
なぜ、同じものを見ているはずなのに、これほど反応が分かれるのでしょうか。
その理由を単純に、「祝福できる人は優しい」「批判する人は意地悪だ」
と分けることはできません。
私たちは、世界をカメラのように、そのまま写し取っているわけではないからです。
人は、自分の経験、価値観、立場、関心を通して世界を見ています。
言い換えれば、私たちは同じ場所にいても、同じ世界を見ているとは限らないのです。
「選択的注意」私たちは、世界のすべてを見ているわけではない
私たちの周りには、膨大な情報で溢れています。
人の表情、声の調子、使われた言葉、語られなかった事情、過去の経緯、周囲の反応など・・
そのすべてを同時に受け取ることはできません。
そこで脳は、自分にとって重要だと思われる情報を選び、そこへ注意を向けます。
これが「選択的注意」です。
例えば、同じ婚約発表を見ても、ある人は二人の笑顔や喜びに目を向けます。
別の人は、発表のタイミングや表現に注目します。
また別の人は、その場にいない家族や関係者、過去に傷ついた人の気持ちを想像します。
どれか一つだけが、必ずしも唯一の事実なのではありません。
一つの出来事には、複数の側面があります。その中のどこに自然と目が向くかが、人によって違うのです。
私たちは「見たものについて考えている」と思っています。
でも、その前にすでに、「何を見るか」が選ばれています。
同じ情報でも、経験によって違う意味になる
違いを生むのは、注目する場所だけではありません。
同じ情報を受け取っても、それをどう意味づけるかが人によって異なります。
人の中には、これまでの経験や知識、感情、価値観からつくられた「連想の引き出し」があります。
家族に祝福された経験を持つ人と、人生の大切な場面で周囲から理解されなかった人では、
婚約発表から呼び起こされる感情が違うかもしれません。
自分の意思を貫くことを大切にしてきた人は、その発表を「勇気ある決断」と見るでしょう。
周囲との調和や関係者への配慮を大切にしてきた人は、「伝え方にも責任がある」と感じるかもしれません。
見えている事実が違うだけでなく、同じ事実につける意味も違います。
だから、相手の反応だけを見て「なぜそんなふうに考えるのか」と責めても、
理解には近づけません。
その人が何を見て、どんな経験をして、どの経験と結びつけ、何を大切にしているのか。
そこまで考えて初めて、違う反応が生まれた背景が見えてきます。
視野・視座・視点が、見える世界を変える
人による見え方の違いは、「視野・視座・視点」で整理すると理解しやすいと思います。
■視野――どこまでを見ているか
当事者二人だけを見るのか。家族や関係者まで見るのか。
さらに、その出来事が社会へ与える影響まで考えるのか。
見渡す範囲が広がるほど、それまで見えなかった人や事情が入ってきます。
■視座――どの立場から見ているか
本人の立場、家族の立場、応援してきた人の立場、似た経験を持つ人の立場。
立つ場所を変えると、同じ出来事の輪郭が変わります。
■視点――何に焦点を当てるか
幸せ、自由、責任、配慮、伝え方、タイミング。どこに焦点を置くかによって、
出来事の意味は変わります。
私たちは、自分の見方を「普通」や「常識」だと思いやすいものです。
でも実際には、その自分の見方は、ある視野、ある視座、ある視点から見えた一つの世界です。
配慮範囲の違いが、反応の違いになる
もう一つ重要なのが、「配慮範囲」です。
配慮範囲とは、自分が判断するときに、誰の気持ちや、
どの時点までの影響を考慮に入れるかという範囲です。
配慮範囲には、大きく「空間軸」と「時間軸」があります。
●空間軸は、誰までを配慮に入れるかです。
自分だけを見るのか、相手との関係まで見るのか。
家族、友人、仕事仲間、応援してきた人、地域や社会まで含めて考えるのか。
その範囲が広がるほど、それまで見えなかった立場や影響が見えてきます。
●時間軸は、いつまでを配慮に入れるかです。
今この瞬間の喜びや不満だけを見るのか。これまでの経緯や積み重ねまで振り返るのか。
さらに、数か月後、数年後、次の世代にどのような影響が残るかまで考えるのか。
同じ婚約発表を見ても、二人の現在の幸せに注目する人がいます。
過去の経緯や、これまで支えてきた人との関係を考える人もいます。
発表が今後の家族や仕事、社会にどのような影響を与えるかまで想像する人もいます。
どこまでその人を見て、どこまでの時間を見通すか。
配慮範囲が違えば、同じ発表を見たときに気になる点も変わります。
ただし、配慮範囲は広ければ広いほど、常に正しいわけではありません。
遠くの人や将来への影響まで気にするあまり、今ここにいる自分の意思や幸せが
抜け落ちてしまうこともあるからです。
反対に、現在の自分の気持ちばかりを優先すれば、知らないうちに身近な人や
未来の誰かへ負担を残すこともあります。
大切なのは、自分か他者か、現在か未来かという二者択一ではありません。
今ここにいる自分を起点にしながら、他者へ、そして過去や未来へと配慮範囲を広げることです。
自分を犠牲にせず、同時に相手の存在も忘れない。
今の気持ちを大切にしながら、これまでの経緯とこれから生じる影響にも目を向ける。
空間軸と時間軸の範囲を柔軟に行き来することが、より成熟した判断につながります。
SNSは、世界を映す「一つの窓」である
SNSを見ていると、「みんなが同じことを考えている」ように感じることがあります。
でも、タイムラインに現れる情報は、世界の全体ではありません。
自分がこれまで見た投稿、反応した内容、つながっている人、関心を持ったテーマ。
その積み重ねによって、自分に近い情報が表示されやすくなります。
さらに私たちは、もともとの考えに合う情報を受け入れ、
反対する情報を退けやすい傾向があります。
すると、一つの窓から見えた景色が、世界のすべてのように思えてきます。
「誰もが祝福している」
「みんなが問題だと思っている」
そのどちらも、自分の周囲に現れた景色を、社会全体へ広げている可能性があります。
SNSを使わないという話ではありません。
今見えているタイムラインは、数ある窓の一つにすぎないと知っておくことです。
異なる意見は、見えていなかったものを教えてくれる
自分と違う意見に出会うと、私たちはすぐに賛成か反対かを決めたくなります。
でも、違う意見は、自分の見方を否定するものとは限りません。
自分の窓からは見えていなかった側面を知らせてくれることがあります。
「この人は、何に注意を向けているのだろう」
「どの立場から見ているのだろう」
「どんな経験や価値観から、その意味が生まれたのだろう」
こう問い直すと、賛成できない意見からも学べます。
もちろん、あらゆる意見を受け入れる必要はありません。
事実に反する情報や、誰かを傷つける言葉まで正当化する必要もありません。
大切なのは、結論を急ぐ前に、自分が見ている範囲と相手が見ている
範囲の違いを確かめることです。
世界を複眼的に見るとは、自分の判断を捨てることではありません。
自分が判断に至るまでに、使える窓を増やすことです。
「自分には何もない」という自分も、一つの窓から見た自分である
ここまでの話は、SNS上の対立や他者理解だけに関係するものではありません。
私たちは、自分自身についても、限られた窓から見ています。
例えば、
「自分には強みがない」
「大した経験をしていない」
「この年齢からでは遅い」
「今の会社で評価されないのだから、ほかでも通用しない」
こうした言葉は、本人にとっては動かしがたい事実のように感じられます。
でも、それは本当に自分の全体を表しているでしょうか。
・会社の評価制度という窓から見た自分かもしれません。
・自分が見ているSNSできらきら輝いてる人と比較した自分かもしれません。
・世間の成功モデルという窓から見た自分かもしれません。
・過去に否定された経験や、苦手なことばかりに注意が向いた結果かもしれません。
etc
環境が変われば、評価されるものも変わります。
・ある職場では「細かすぎる」と言われた人が、正確さを求める仕事では
信頼されることがあります。
・「おせっかい」と見られた経験が、孤立した人を支える力になることもあります。
・長く家族や職場を支えてきたため、自分には専門性がないと思っていた人の中に、
調整力、観察力、継続力、相手の変化を察する力が蓄積されていることもあります。
など・・・
弱みを無理に強みと言い換えるのではありません。
どの環境で、誰に対して、どのような価値になり得るのか。
見る窓を変えて確かめることが、SWOT転換の出発点です。
見る窓を増やすために小さな一歩を踏み出してみる
世界の見方を変えるために、大きな決断をする必要はありません。
まずは、気になった出来事や、自分についての思い込みを一つ選び、
次のような問いを試してみてください。
・私は、この出来事の何に注目したのだろう
・反対に、何を見落としているかもしれないだろう
・私は、どの立場から見ているのだろう
・別の立場に移ったら、何が見えるだろう
・この意味づけには、どんな経験や価値観が影響しているだろう
・私の配慮範囲に、自分と他者の双方が入っているだろうか
・別の環境や評価基準なら、どんな意味が生まれるだろう
など・・・
これは、答えを一つに決めることが目的ではありません。
「ほかの見方もあり得る」と気づくことが第一歩です。
見方が一つしかなければ、選べる行動も一つに見えてしまいます。
でも、見方が増えれば、次に試せる行動も増えていきます。
まとめ 世界を見る窓が増えれば、人生の選択肢も増える
人は、同じ世界を見ているわけではありません。
何に注意を向けるか。
どの立場から見るか。
どこまでを配慮範囲に入れるか。
そして、これまでの経験や価値観から、どのような意味を与えるか。
その違いによって、同じ出来事から正反対の反応が生まれます。
このことを知ると、他者との違いをすぐに間違いと決めつけずに済みます。
同時に、自分に対する否定的な思い込みも、絶対的な事実ではなく、
一つの窓から見えた自分かもしれないと考えられます。
自分イノベーションとは、無理に違う自分になることではありません。
自分と世界を見る窓を増やし、これまで見えなかった意味と可能性を発見することである。
世界そのものが、すぐに変わるとは限りません。
世界はそうたやすく変わると考えない方がいいかもしれません。
でも、世界の見え方が変われば、次に選べる行動は変わります。
これまで一本道に見えていた人生にも、別の入口や小さな脇道が見つかるかもしれません。
その新しい見方と小さな一歩から、自分イノベーションは始まります。

「okinawa未来カレッジ」は、誰もが自分らしい明日へ一歩を踏み出せる、 未来に向かって前進し、新しいライフサイクルを創り出すコミュニティーを目指します。