「これからは、自分でキャリアをつくらなければならない」
「AIに負けないように学び直そう」
「副業や起業にも挑戦しよう」
そんな言葉を聞くたびに、気持ちが重くなる人がいます。
挑戦したくないわけではありません。
会社では周囲に迷惑をかけないように働き、家庭では自分のことを後回しにしてきた。
目の前の役割を真面目に果たしているうちに、何をしたいのか、自分に何ができるのか、
分からなくなってしまったのです。
そこでさらに「主体性がない」「意欲が足りない」と言われれば、動けない自分を
責めるしかありません。
けれど、本当に本人の意欲だけの問題なのでしょうか。
長い間、失敗を避け、組織に合わせ、生活を守ることが求められる環境にいれば、
誰でも慎重になります。挑戦しないことが、その時代を生き抜くための合理的な
選択だった人もいるはずです。
この記事では、そうして使われなくなった「未来へ働きかける力」を、もう一度
育てる方法を考えます。
アニマルスピリッツとは、「やってみよう」と動く力
「アニマルスピリッツ」という言葉から、激しい競争心や、強い野心を思い浮かべる人も
いるでしょう。
アニマルスピリッツとは、もともとは経済学者ケインズが、不確実な未来に対して
人が行動を起こす力を表すために使った言葉です。
新しいことを始めるとき、成功するかどうかを事前に計算し尽くすことはできません。
それでも人は、「やってみよう」「何か変わるかもしれない」と未来へ一歩を踏み出します。
本記事では、アニマルスピリッツを次のように捉えます。
不確実な状況でも、自分と他者にとって意味のある可能性を信じ、未来へ働きかける力。
これは、会社を辞めたり、起業したりする人だけの力ではありません。
・会議で小さな改善を提案する
・分からないことを誰かに尋ねる
・興味のある場所へ行ってみる
・無理な頼みを一度断ってみる
・自分の経験を必要とする人に話してみる
・心が動いたことを日記に書き留める
など・・・
こうした行動にも、アニマルスピリッツは表れます。
大切なのは、勇敢な人になることではありません。確信がなくても、自分の感覚を無視せず、
小さく応答してみることです。
挑戦しなかったのではなく、動かないほうが安全だった
人の行動は、性格だけで決まりません。
心理学者クルト・レヴィンは、人の行動は本人と環境との関係から生まれると考えました。
同じ人でも、提案を歓迎される職場と、「余計なことをするな」と言われる職場では、
行動が変わります。
失われた30年の日本では、賃金が上がりにくく、企業は成長への投資よりコスト削減を
優先するようになりました。働く側にとっても、新しいことに賭けるより、今ある雇用
と生活を守ることに合理性がありました。
目立たない。失敗しない。余計な仕事を増やさない。会社を辞めない。
それは消極的なことではなく、家族や生活を守るための知恵だったかもしれません。
でも、その適応が長く続くと、自分で考え、選び、試す機会が減っていきます。
使わなかった力は表に出にくくなり、自分でも「私には何もない」と思うようになります。
さらに現在は、技術、仕事、価値観、生活の速度が急速に変わっています。
社会学者ハルトムート・ローザは、こうした加速が、人と仕事、他者、世界、
自分自身とのつながりを弱め、疎外を生む可能性を指摘しました。
変化が速すぎると、私たちは立ち止まって進む方向を考えるより、目の前の変化へ
対応するだけで精いっぱいになります。
忙しく動いているのに、自分で人生を動かしている実感がない。
それが、漫然と未来を迎えてしまう危険です。
真面目な人ほど、社会の問題を自分のせいにしがちになる
会社の業績が伸びない。役割が減る。賃金が上がらない。身につけた技能が古くなる。
これらは、個人の努力だけでは動かせない問題です。
ところが、真面目に役割を果たしてきた人ほど、こう考えてしまいます。
・自分の努力が足りなかった
・もっと資格を取っておけばよかった
・この年齢で迷っている自分は駄目だ
・今さら始めても遅い
・定年まで我慢するしかない
社会や組織の問題を、自分の能力や人格の問題として引き受けてしまうのです。
会社の一つの評価は、あなたの人生全体への評価ではありません。
「昇進できなかった」は出来事です。
「だから自分には価値がない」は、その出来事に与えた解釈です。
まず、起きたことと、自分を責める言葉を分けてみる。
それだけでも、閉じていた選択肢が少し見えやすくなります。
誰かを押しのけてまで勝ちたくない、という人もいます。
自分の学びより子どもの教育費を優先した人、
改善を提案すれば誰かの負担が増えると思って黙った人、
人手不足の職場で頼みを断れなかった人もいるでしょう。
そこには、恐れだけでなく、良心や他者への配慮があります。
ただし、我慢を美化してはいけません。
他者のために力を使うことと、自分を消して使われ続けることは違います。
健康、時間、役割の範囲、正当な対価を守ることも、持続的に誰かを支えるために必要です。
変化が速い時代ほど、「変わらない土台」が必要になる
「人生を変えたい」と思ったとき、仕事も人間関係も生活も、一度に変える必要はありません。
むしろ、変化が加速する時代ほど、変わらない土台が必要です。
・安心して頼れる人
・いつでも戻れる場所
・生活を支える収入
・睡眠や健康
・大切にしたい価値
・急かされずに過ごせる時間
など・・・
こうしたものが残っているからこそ、人は未知の世界へ出ていけます。
安定は、変化の反対ではありません。安心して変化するための足場です。
必要なのは、人を古い役割に縛る「変われない環境」ではありません。
失敗しても戻ることができ、回復したらまた試せる「変わらない土台」です。
「人生のベンチ」は、そのための場所です。
役割、評価、成果、情報から少し離れ、自分の感覚を取り戻す。
すぐに答えを出さなくてもよい時間を持つ。そこで初めて、「少し気になる」「これは嫌だ」
「誰かのために何とかしたい」という小さな心の動きが見えてきます。
時間の価値も、どれだけ多くのことを処理したかだけでは決まりません。
自分、他者、仕事、自然との関係を感じられたか。自分の声で選べたか。
心が動く経験があったか。それがQOT、時間の質です。
人生の意味は、自分と世界の「あいだ」から育つ
ローザは、疎外に対する考え方として「共鳴」を重視しています。
共鳴とは、ただ気分がよいことでも、相手に同調することでもありません。
人、仕事、自然、地域などから何かを受け取り、自分の声や行動で応え、
その関わりを通して自分と相手の双方に変化が生まれることです。
例えば、
近所の高齢者がスマートフォンで困っていることに気づいたとします。
なぜか放っておけない。声をかけ、使い方を一緒に確かめる。
相手の表情が明るくなり、「助かった」と言われる。
自分も、当たり前だと思っていた知識が誰かの役に立つと知る。
このとき起きているのは、一方的な奉仕ではありません。
相手の困りごとに触れ、自分が応答し、相手から反応が返り、その経験によって
自分の見方も変わる。自分と相手の「あいだ」で、小さな共鳴が生まれています。
人生の意味も、最初から心の奥に完成した答えとして眠っているとは限りません。
人生の意味は、自分の内側だけから発掘するものではない。
人や仕事、自然、社会との「あいだ」で、呼びかけに応答するうちに育っていく。
日記は、その小さな応答を見失わないために役立ちます。
今日、何に心が動いたか
誰のどんな困りごとが気になったか
自分は何をしたか
相手にどんな変化が起きたか
自分は何を感じ、何を学んだか
次に何を試してみたいか
こうしたことを「自分日報」に残すと、流れて消える一日が、
自分の持ち味や人生の方向を教えてくれる経験に変わります。
AI時代のアニマルスピリッツは、小さな価値交換から始まる
AIは、文章をつくり、情報を整理し、分析し、案を出せます。
けれど、誰のどんな困りごとに向き合うのか、何を良い変化と考えるのか、
そのために自分は何を大切にするのかまでは、AIだけでは決められません。
これから必要になるのは、AIより速く答える力だけではありません。
現実の小さな変化に気づく
放っておけない問題を見つける
自分の経験を使って応答する
AIを補助として使う
相手の反応から学ぶ
次の行動を自分で選ぶ
という、人間側の意思と実践力です。
いきなり転職や独立をする必要はありません。
今の仕事を生活の土台として残し、週に二時間くらい別の活動を試す。
地域の活動に参加する。以前の経験を短い資料にまとめる。
一人の困りごとを手伝い、感想を聞く。
小さく試せば、うまくいかなくても生活全体は失いません。
うまくいけば、「自分の働きかけが誰かに届いた」という自己効力感が生まれます。
失敗しても、次に生かせる経験が残ります。
そして、役に立つことが分かったら、無償で抱え込まず、適切な役割と対価のある
仕事へ育てていきます。
能力は、自分が他者より上に立つためだけのものではなく、
他者のために能力を使うことは、自己犠牲ではない。
正当な対価を受けながら価値を提供し続けることが、AI時代の新しいアニマルスピリッツです。
おわりに 挑戦する力は、なくなったのではない
あなたから、挑戦する力が消えたのではありません。
その力を安心して使える環境がなかったのかもしれません。
自分の感覚で選び、小さく世界へ働きかける経験を、十分に持てなかったのかもしれません。
誰かを蹴落とす必要も、自分を犠牲にする必要もありません。
まず、変わらない土台を確かめる。その上で、心が少し動いたことを記録する。
人や仕事、地域からの小さな呼びかけに、自分のできる範囲で応えてみる。
その応答が誰かに届けば、自分にも反応が返ってきます。そこから、自分の持ち味、
次の役割、人生の意味が少しずつ見えてきます。
アニマルスピリッツは、一部の勇敢な人だけが持つ特別な力ではありません。
変わらない土台を持ちながら、世界からの呼びかけを受け取り、自分の声で小さく応答し続ける力。
その力は、今日の小さな一歩から、もう一度育てることができます。
●おすすめの5分ワーク 今週の「小さな応答」を見つける
最近、心が少し動いた出来事は何ですか
そこには、誰のどんな困りごとや願いがありましたか
あなたの経験で、できそうなことはありますか
生活を守るために、何を変わらない土台として残しますか
今週、無理なくできる小さな応答は何ですか
行動した後、相手と自分に起きた変化をどこへ記録しますか

「okinawa未来カレッジ」は、誰もが自分らしい明日へ一歩を踏み出せる、 未来に向かって前進し、新しいライフサイクルを創り出すコミュニティーを目指します。