カーナビを使うと、なぜ道を覚えないのか ―ナビゲーション能力から考える「一次経験」の大切さ

カーナビを使うと、なぜ道を覚えないのか ―ナビゲーション能力から考える「一次経験」の大切さ

カーナビを使うと目的地には着けるのに、なぜ道を覚えにくいのでしょうか。ナビゲーション能力の研究を手がかりに、一次経験と二次経験の違い、生成AIへ答えを任せることで失われやすい「自分で進む力」、AIを使いながら経験を積む方法を解説します。

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一次経験

初めて訪れる場所でも、カーナビがあれば迷わずに目的地まで行けるようになりました。

現在地が表示され、次に曲がる場所を音声で教えてくれる。
道を間違えても、すぐに新しい経路を探してくれる。
とても便利です。

ところが、カーナビを使って何度か訪れた場所なのに、案内を止めると
道が分からなくなることがあります。

どこを通ってきたのか。目的地はどちらの方向にあるのか。近くに何があったのか。
目的地には着いたはずなのに、自分の頭の中には地図が残っていないのです。

これは、AI時代の私たちにも起こり得ます。
生成AIに質問すれば、調べ方を知らなくても答えを得られます。
文章の書き方が分からなくても、整った文章をつくれます。
仕事の進め方に迷っても、手順を示してもらえます。

私たちは、以前より速く「目的地」へ着けるようになりました。
でも、答えに着いたことと、自分で答えへたどり着けるようになったことは同じではありません。

カーナビは、目的地まで案内してくれます。
しかし、自分の頭の中の地図まではつくってくれません。

AIも答えを示してくれます。
しかし、自分で現在地を把握し、道を選び、迷い、修正した経験までは与えてくれません。

この記事では、カーナビとナビゲーション能力の関係から、
AI時代になぜ「一次経験」が重要になるのかを考えます。

道を進むとき、頭の中では何が起きているのか

■ナビゲーションは、道順を知ることではない

ナビゲーションとは、ある地点から目的地まで移動する行動です。

一見すると、目的地までの道順を知っていればよいように思えます。
でも、自分で道を進むときには、いくつもの判断をしています。

・自分は今、どこにいるのか
・目的地は、どちらの方向にあるのか
・どの道を選べばよいのか
・何を目印にすればよいのか
・予定していた道から外れていないか
・間違えたら、どこまで戻るのか

ナビゲーション能力とは、道順を暗記する力だけではありません。
現在地をつかみ、目的地を定め、周囲の手がかりから進む道を選び、ずれたら修正する力です。

この過程を繰り返すことで、道と道のつながり、建物の位置、目的地の方向などが、
頭の中の地図としてつくられていきます。

■「案内に従うこと」と「自分で進むこと」の違い

カーナビを使う場合、現在地の確認、経路の選択、曲がる場所の判断、
間違えた後の修正の多くを機械が行います。

利用者は、画面や音声から示された指示に従えば、目的地へ着けます。

これはカーナビの大きな価値です。
知らない土地でも迷いにくくなり、移動時間を予測でき、安全な経路も選びやすくなりました。

その一方で、自分で進むために必要だった判断の一部を、使わずに済ませることにもなります。
「次の角を右へ」と案内されれば、周囲の建物や道の向きをよく観察しなくても曲がれます。
間違えても自動で再検索されるため、なぜ間違えたのかを考えなくても先へ進めます。

つまり、目的地へ到着するという成果は得られても、
道を理解する過程は少なくなることがあります。

カーナビを使うと、なぜ道が記憶に残りにくいのか

■周囲ではなく、指示へ意識が向く

自分で道を探すときは、交差点、建物、看板、方角、坂道など、周囲にある手がかりを探します。

「この店の先を曲がる」「駅は右側にあった」「帰りは川を目印にしよう」と、
環境と道順を結びつけます。

カーナビを使うと、注意は周囲より画面や音声の指示へ向きやすくなります。

見えている景色は同じでも、何に注意を向けたかによって、記憶に残るものは変わります。

目的地に着くことが最優先になり、「三百メートル先を左」「次の信号を右」
という指示を処理していると、通過した場所どうしの関係を考える必要が少なくなります。

■空間の全体像を組み立てる機会が減る

GPS型のナビゲーション、紙の地図、案内なしの直接経験を比較した研究では、
GPSを使った人は、周囲の空間に関する知識を得にくい傾向が示されました。

また、日常的なGPS利用と空間記憶の関係を調べた研究では、GPSを多く使う習慣と、
自力でナビゲーションするときの空間記憶の低さとの関連が報告されています。

もちろん、カーナビを使えば必ず道を覚えられなくなる、と断定できるわけではありません。
方向感覚には個人差があり、ナビの使い方や移動する環境によっても結果は変わります。

ただ、研究からは一つの重要な違いが見えてきます。
指示された道をたどることと、周囲を観察しながら自分で空間の全体像を組み立てることは、
同じ経験ではありません。

カーナビは外側にある正確な地図を提供します。
でも、自分の内側に地図をつくるには、自分で現在地を考え、目印を見つけ、
道のつながりを理解する必要があります。

■迷うことにも役割がある

道に迷うのは、できれば避けたいことです。
時間を失い、不安になり、場合によっては危険も伴います。カーナビによって
迷いを減らせることには、大きな意味があります。

一方、安全な範囲での小さな迷いには、学習の材料があります。

なぜ間違えたのか。どの目印を見落としたのか。現在地をどこだと思っていたのか。
次は何を確認すればよいのか。
自分の予測と現実のずれに気づき、進み方を修正することで、次に使える経験が残ります。
失敗そのものに価値があるのではありません。

失敗から目的地とのずれを受け取り、自分の地図を描き直すことに価値があるのです。

一次経験とは、自分で現実を進むことである

■一次経験と二次経験の違い

本記事でいう一次経験とは、自分の身体・感覚・情動を通して現実に直接関わり、
自分で判断して行動し、現実から返ってきた反応を受け取る経験です。

一方、本、地図、動画、人の体験談、検索結果、AIの回答などを通して得るものは、
二次的な情報や経験です。

道を進む場面に置き換えると、違いが見えやすくなります。

一次経験       二次的な情報・経験
自分で周囲を見る  地図や案内を見る
自分の現在地を考える  現在地を表示してもらう
目印を見つける     曲がる場所を指示してもらう
道を選ぶ        推奨経路に従う
迷った原因を考える   経路を再検索してもらう
頭の中の地図を描き直す 外部の地図を利用する

二次的な情報や経験が劣っているわけではありません。

先に地図を見れば、危険な場所を避けられます。
経験者の話を聞けば、同じ失敗を繰り返さずに済みます。

AIに質問すれば、自分だけでは思いつかなかった選択肢を得られます。
一次経験と二次経験は、対立するものではなく、補完し合うものです。

問題は、二次的な情報だけで目的を達成し、自分で現実に触れ、判断し、
修正する機会まで失うことです。

■一次経験には、身体や感情も含まれる

一次経験には、文章や数値に置き換えにくい情報が含まれています。

例えば、道を歩けば、地図では分からなかった坂の勾配、車の多さ、
街の明るさ、人通り、距離感を身体で感じます。

仕事でも同じです。
実際に相手へ提案してみると、どの言葉で表情が変わったか、
どこで沈黙したか、何を不安に感じているかが分かります。
自分が緊張したこと、うれしかったこと、強い違和感を覚えたことにも気づきます。

こうした感覚や情動は、何を大切にしたいのか、どの問題を放っておけないのか
を知る手がかりになります。
一次経験は、外の世界を知るだけではありません。
現実に触れた自分が、何を感じ、どう動く人なのかを知る経験でもあります。

■経験を積むとは、自分の地図を更新すること

長く働いたことや、多くの場所へ行ったことだけで、経験が積み上がるとは限りません。

指示に従って同じ作業を繰り返すだけでは、自分で判断する場面が少なく、
別の状況で使える知恵が残りにくいからです。

経験を積むとは、次の回路を繰り返すことです。
1. 現在地を確かめる
2. 目的地を決める
3. 自分で進む道を選ぶ
4. 行動して反応を受け取る
5. ずれを振り返る
6. 次の進み方を修正する

この回路を回すたびに、自分のなかの地図が少しずつ詳しくなります。
初めての状況でも、どこを観察すればよいか、何を確かめればよいか、

いつ進み方を変えるべきかを判断できるようになります。
それが、経験によって育つ実践知です。

AIは答えを示すが、自分の地図は作ってくれない

■AIは、仕事のカーナビになりつつある

生成AIは、仕事や学習におけるカーナビのような役割を果たします。

目的を入力すれば、必要な情報を集め、進め方を分解し、文章や企画の形まで示してくれます。
途中で条件が変われば、新しい案もつくってくれます。

経験の少ない人でも、以前より早く一定水準の成果へ到達できます。
これは、AIがもたらした大きな可能性です。

でも、すべてをAIの案内に任せると、次のことが起こり得ます。
・自分が何を分かっていないのか分からない
・なぜその方法を選んだのか説明できない
・条件が変わると修正できない
・AIの誤りや前提のずれに気づけない
・相手や現場を見ず、画面の答えだけを見る
・成果物は残っても、自分の判断力が残らない
など・・・

AIを使って成果物を完成させたことと、その仕事ができるようになったことは同じではありません。
答えを得ることと、自分で答えへたどり着けるようになることは違います。

■AIを使っても、一次経験は残せる

必要なのは、AIを使わないことではありません。
カーナビを見ながらでも、周囲を観察し、道のつながりを考えれば、
地図は少しずつ頭に残ります。

AIも同じです。
AIに案内を任せながら、人間が現在地、目的地、判断、現実からの反応を引き受ければ、
経験を積むことができます。

そのために、次の四つだけを残します。
1.AIへ聞く前に、自分の現在地を書く
何が分かっていて、何が分からないのか。自分はどう考えているのかを、短く書きます。

2.AIへ目的地を決めさせない
何を実現したいのか、誰にどんな変化を届けたいのかは、自分で決めます。

3.AIの案を、小さく現実で試す
文章や計画を完成させるだけでなく、誰かに見せる、使ってもらう、現場で試すところまで
進めます。

4.結果から、自分の地図を描き直す
何が予想と違ったか。どこで迷ったか。次は何を変えるかを残します。

この四つだけでも、AIは経験の代行者ではなく、一次経験へ進むための補助者になります。

まとめ 目的地に着くだけでなく、自分の地図を残す

カーナビは、知らない場所へ安全に、速く到着するための優れた道具です。

ただし、案内に従って目的地へ着くことと、自分で現在地を把握し、
道を選び、周囲を理解できるようになることは同じではありません。

生成AIも、私たちを答えへ案内してくれます。
調べる時間を短くし、考えるための材料を増やし、経験の少ない人でも
行動を始めやすくしてくれます。

でも、AIの答えだけをたどっても、自分のなかに地図が残るとは限りません。
自分の地図は、現実へ直接関わり、自分で選び、行動し、返ってきた反応から
進み方を変えることでつくられます。

それが、一次経験です。
カーナビは、目的地まで案内してくれます。AIは、答えまで案内してくれます。
けれど、自分の人生を進むための地図は、自分で現実に触れた経験からしかつくられません。

便利な道具を手放す必要はありません。
大切なのは、道具へすべてを任せず、自分で見ること、感じること、選ぶこと、
試すこと、修正することを残すことです。

AI時代に経験を積むとは、AIより多くの情報を覚えることではありません。
AIを使いながらも、現実との接点を失わず、自分の地図を更新し続けることなのです。

(参考文献・資料)
- 佐藤暢哉研究室「ナビゲーション(空間認知)」https://sites.google.com/site/nsatolab/research/navigation
- Toru Ishikawa, Hiromichi Fujiwara, Osamu Imai and Atsuyuki Okabe, “Wayfinding with a GPS-based mobile navigation system: A comparison with maps and direct experience,” Journal of Environmental Psychology, Vol. 28, Issue 1, 2008, pp. 74–82. https://doi.org/10.1016/j.jenvp.2007.09.002
- Louisa Dahmani and Véronique D. Bohbot, “Habitual use of GPS negatively impacts spatial memory during self-guided navigation,” Scientific Reports, Vol. 10, Article 6310, 2020. https://doi.org/10.1038/s41598-020-62877-0

★注記
空間ナビゲーション能力と、仕事や人生における判断力は同一の能力ではありません。
本記事では、現在地を把握し、目的地へ向けて行動し、ずれを修正するという共通構造を、
一次経験の重要性を考えるための比喩として用いています。また、GPS利用と空間記憶の
関係には、利用方法、環境、個人差などが影響するため、「カーナビを使うと必ず能力が
低下する」と断定するものではありません。

この記事のライター

「okinawa未来カレッジ」は、誰もが自分らしい明日へ一歩を踏み出せる、 未来に向かって前進し、新しいライフサイクルを創り出すコミュニティーを目指します。

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